育て育てられること 

このところ 理事長や もーり先生のブログを読みながら感じたのは 底にあるテーマ、成長。

選挙も終わりましたが 日本の政治家を成長させるのは 国民の義務。
きちんと選挙に行き投票するのが 政治批判をする前の最低限の必須事項ですよね。

奥ゆかしさ、曖昧さをよしとする この国独特の文化を否定はしませんが
それらを全てにおいて当てはめることは 果たして成長につながるのか、は疑問です。
逆に 白黒はっきりさせる、突出するのが突破口になるのかも疑問です。

民度、という言葉があります。
その定義は 人それぞれでしょう。
日本は戦争経験もあり悲惨な歴史も体験した民族です。
けれど いわゆる戦後、島国という地理性に守られ ボーダーラインを他国ほどには気にせずに
平和で安全な国として復興、発展しました。
けれど それは民度という点においては どうだったのか。

最近、自分自身も含め その民度が低下しているのではないかと感じます。

自己犠牲を尊ぶ気など 毛頭ありません。
横並び安心精神論は 論外です。
かといって 自分が良ければ それでよし、の偏った個人主義崇拝論者は 無人島へ行け、と思います。

医療従事者は 先ず 患者さまに育てられます。
当然ですが 一人では経験は積めません。
そして 仲間に育てられ助けられ守られ 時には叱咤されながら 日々、成長します。

自分の周囲に 自分を見つめる人がいること。
患者さま、スタッフ、同僚、後輩、先輩、家族、友人・・・
その目は 決して 節穴ではありません。

私の定義では 民度は 誰に見られていても変わらないこと、かな。
患者さまが 通りすがりの急患でも 自分の家族でも 対応も治療も変わらないでいたい。
主任が見てなくても 口角を引っ張る力は優しくしたい。
スタッフが見てなくても 最後に 患者さまの顔中についたアルジネートをきれいにふき取ろう、とか。

礼儀正しいと言われる日本人が平気でシルバーシート陣取る。
きれい好きなはずなのに 自分の部屋以外では 落ちているゴミを見て見ぬふりをする。

自分の努力は認めてほしいのに 周囲の努力は認めていない。
人の足りない部分はよく見えてる気がするのに 自分の足りなさは振り返らない。

みんなにとって それぞれの民度って何でしょう。
育てられること、育つことって どういう相互反応でしょう。

人に教わること、人に何かを伝えていくこと、それって とても大切なことです。
脈々と受け継がれるべきものもあれば 排除されるべきものもある。

まだまだ教わるべきことが山ほどある私ですし 力不足も承知の上で 誤解を恐れずに言うと・・・
臨床研修指導医として 今までに関わった研修医・卵ドクターたちの中で 「育った」 のは
ただ 単純に 頭も気持ちも 「素直」 なドクターでした。
言いなりになる、顔色を見るのに敏い、というのは 分かるものです。
自分自身がないわけでなく のりしろが多い、吸収体が多い、ということ。
だから 伸びしろが多いということ。
そして 何より・・・迎合でなく患者さまとスタッフを大切にできる人間性があること。

民度です。
患者さまとスタッフがいなければ ドクター業は成り立ちません。

こちらを向いた顔と あちらを向いた顔は同じにしましょう。

民度高く、育ちたいですね。
政治も 成熟してほしいっすねー・・・。
マスコミも 成熟してほしいっすねー・・・。

たまには まじめな 姐さんです。


追加・・・
うちのドクターだいちゃんは 非常に素直なドクターです037.gif
うちのスタッフも皆 とっても素直なスタッフです041.gif
恵仁会は みんな 素直、です、よね?006.gif070.gif
[PR]

by owl-top | 2010-07-19 15:42
line

ブログ開設


by owl-top
line